近況と機嫌の悪さについて

  • 読んだ
    百年の孤独(ガブリエル・ガルシア=マルケス/1972)
    古都(朱天心/1997)
    謎の掌編(5ちゃんねるの謎のスレ/2018)

何度諦めたかわからん百年の孤独を読み終えた。めちゃめちゃめちゃ面白かった。いちから読み始めて最後に行き着くまで一週間近くかかった。マジックリアリズムと言われるやつ、俺は細かな定義は知らないんだけど、「ボケた老人が語る土着の民俗学的エピソードがリアリティラインを支えているもの」と思うとあいまいに合点がいく。当然ながらラテンアメリカに限定するものでもない。

古都(Kutuと読むらしい)はその類型で、台湾と日本の街並みがあいまいにザッピングする語り口は実際複雑なのだけど、突然時代を飛び越えたり、ちょっと「それはウソやろ」と思える話が混じっているのも、それらしかった。政治的に、年代的にまあ影響受けるでしょという感じもあるが。

実際「古都」のほかの短編では「ガルシア・マルケスのパクリと評された小説」を作者が書いていたという自伝的な話が盛り込まれていて、そういやゼロ年代だかそのちょいあと、中国でガルシア・マルケスがバカ売れしたという話もあったことを思い出した。

しかし、翻訳者の地位が低いとは思わないけど、「外国語で書かれた言葉を日本語で読む体験」において、翻訳者はあまりに無視され過ぎている。実際、「百年の孤独」を「ガルシア=マルケスの作品」という書き方を俺もしている。なぜならめんどうだからである。音楽もゲームもそうだけど「ひとりのクリエイターが作った」ということにすると、手間も省けるし、なにかとスムーズになる。

「ひとりの作家」が個人の力だけでアウトプットしたものって、おそらく人が思っているよりも少ない。配信サイト、印刷所、イベント会場、CD屋、本屋、映画館、すべてのプラットフォームとそれを運営する者、その他いろいろ。アウトプットには場所が必要だ。彼らを軽視するどころか、ひとり孤独に「創作」と戦っていると思い込むすべてのクリエイターというものに、反吐が出る。なんかわからんが突然俺の機嫌が悪くなったな。なんでだ。